古川享x中村亀鶴 コラボレーション講演 オンライン配信開始のお知らせ

先週の講演会では多くの皆様のご参加ありがとうございました。当日の様子を収録したビデオのオンライン配信を開始いたしました。会場の熱気をどうぞお楽しみください。

第一部 古川享講演 「Across the border 若者たちの描く未来に期待する」

第二部 中村亀鶴 講演

第三部 中村亀鶴 歌舞伎実演

第四部 パネルディスカッション Q&A

慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD)教授 古川 享 氏 x 歌舞伎役者 2代目 中村亀鶴 (なかむら きかく)さんのコラボレーション講演 を開催いたします

慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD)教授 古川 享 氏 x 歌舞伎役者 2代目 中村亀鶴 (なかむら きかく)さん慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD)教授 古川 享 氏 x 歌舞伎役者 2代目 中村亀鶴 (なかむら きかく)さんのコラボレーション講演 を開催いたします。 講演内容は、 『若者のチャレンジを 応援する』 去年、大好評だった日本法人マイクロソフト初代代表取締役で慶應義塾大学教授古川享さんの講演を今年も開催します! そして、今回はなんと、歌舞伎役者2代目中村亀鶴さんとのコラボ企画! 昨年の講演では、「若者たちの描く未来に期待する」というテーマで英語とコミュニケーション、国際的人材とはなどについて熱く語っていただきました。 英語の発音がネイティブでないことなど一切気にせず、交渉の場面で自分の意見をきちんと表明することが大切と考え、相手がビル・ゲイツであろうと自分の意見をぶつけて交渉した話やジョブズが亡くなる前に、Appleの役員であったアルゴアに託したメッセージは、「人の意見やあの人だったらこうするといったことを考えるのではなく、自分自身の考えや夢や目標を信じ、自分自身を信じてやった方が良い結果が出る」という大切さについてもお話しいただきました。 今回は、 国立劇場賞優秀賞など数々の賞を受賞している中村亀鶴さんの踊りを交え、「これだけは伝えておきたい!」ことについてお話しをしていただきます。 さまざまな壁にぶち当たっている方、後進の育成に情熱をお持ちの方、留学生活の壁を乗り越えたい方、歌舞伎など日本の伝統文化に興味をお持ちの方は必見です!

日時:8月15日午後2時から 場所:Bellevue Children’s Academy (14640 NE 24th St Bellevue, WA 98007) 参加費:10ドル(一般)、5ドル(学生)軽食あり 参加登録:https://sam-x-kikaku.eventbrite.com

プログラム

       1:30 : 開場 2:00-2:30: 古川享講演「Across the border」 2:35-3:05: 古川享x中村亀鶴対談「若者のチャレンジを応援する」 3:10-3:40: 中村亀鶴 歌舞伎実演 3:45-4:30: 交流会

プロフィール

古川 享

1954年東京生まれ。麻布高校卒業後、和光大学人間関係学科中退。1979年株式会社アスキー入社。出版、ソフトウェアの開発事業に携わる。1982年同社取締役就任。1986年同社を退社し、米マイクロソフトの日本法人マイクロソフト株式会社を設立。初代代表取締役社長就任。1991年同社代表取締役会長兼米マイクロソフト極東開発部長、バイスプレジデント歴任後、2004年マイクロソフト株式会社最高技術責任者を兼務し、パソコン黎明期から日本のIT業界を牽引してきた。

実業界引退後は、若手の育成に力を注いでおり、2007年から情報処理推進機構(IPA)の「未踏ソフトウェア創造事業」のプロジェクトマネジャーに就任。2008年より慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授に就任(現任)。ITの枠を超えて、デザイン・テクノロジ・マネジメント・ポリシー分野で世界的なイノベータとなるべき若者の発掘、育成、支援に精力的な活動を行っている。世界110ヶ国以上で利用されている色弱者支援技術「色のめがね」や、日本初のクラウドファンディング「READYFOR?」などを指導教授としてサポートした。株式会社イー・ウーマン取締役に就任(現任)

幼少より鉄道ファンであり、鉄道模型を趣味としている。ヘリコプターをチャーターして撮影した鉄道写真集は評価が高く、海外では鉄道写真家としても有名。2014年夏に脳梗塞を患い、一時半身不随、言語障害に陥るものの、ひたむきなリハビリテーションによって劇的に回復しつつある。

2代目中村亀鶴 @KIKAKU0618http://www.nakamura-kikaku.jp/profile/

1972年6月18日生まれ。初代中村亀鶴の長男。父方の祖父は四代目中村富十郎、祖母は初代中村鴈治郎の娘の中村芳子(よしこ)。 1976年12月、本名で南座『時雨の炬燵(しぐれのこたつ)』の倅(せがれ)勘太郎で初舞台。 1990年、国立劇場第十期歌舞伎俳優研修修了。 1991年1月、伯父の五代目中村富十郎門下となり中村芳彦を名乗る。 1993年4月、富十郎の部屋子となる。 2001年11月、歌舞伎座にて『戻駕色相肩(もどりかごいろにあいかた)』の禿(かむろ)で二代目中村亀鶴を襲名。 2008年11月より坂田藤十郎一門となる。

受賞:平成11年国立劇場特別賞、平成12年第6回日本俳優協会賞奨励賞、平成18年度・第25回京都府文化賞奨励賞、平成21年7月国立劇場賞優秀賞、同年11月国立劇場賞優秀賞、平成22年12月国立劇場奨励賞

参照

主催 : Seattle IT Japanese Professionals

協賛

EnLinx Partners EnLinx Partners

Bellevue Children's Academy Bellevue Children’s Academy

TRES - Pink Color-page-0TRES Sandwich House

メディアスポンサー

JungleCity.com JungleCity.com

元マイクロソフト株式会社社長・古川享氏講演会『若者たちの描く未来に期待する』

8月4日に行われた古川享さんの講演会は、伊藤園様とスコット津村さんにスポンサー提供していただいて、ベルビュー・チルドレンズ・アカデミー(BCA)にて開催することが出来ました。ありがとうございました。

  • パーソナルコンピューティングという考え方

1977年、たまたまアメリカに行った際、マイコンと呼ばれるものがパソコンに変わる瞬間に立ち会った古川さん。チップを組み立ててマイコンを作るのではなく、この先にパーソナルコンピュータを誰もが自分の机の上にのせて自由にコンピュータを持つ時代になるのだと実感。その時、パーソナルコンピュータを使うともっと豊かな生活になる、人と人のコミュニケーションスタイルが変わる、一方通行から双方向発信のメディアに変わるといった、パーソナルコンピューティングという考え方に気付いたといいます。西和彦氏に「大学を卒業してから就職したい」と訴えると、西氏は「お前が大学を卒業する頃にはうち(アスキー)は大きな会社になっているから、お前なんか入社できないよ。ただ、今戻ってくるのであれば、取締役にしてやる」と言われ、1979年に大学を中退してアスキーに入社。取締役にしてもらうという願いは月刊アスキー副編集長になることでかなえてもらったものの、当時は四畳半の部屋に30人ほどの人が居る状態で、ベランダに出て画板の上で仕事をする状態だったそうです。そんな状況の中、アスキーで将来、パソコンは計算機ではなくメディアになる、ネットワークにつながないと意味がないという主張をします。当時は8ビットのパソコンに、電話の受話器を使って半ば無理矢理ネットワークをつなぎます。古川さん自身もプログラマーを2年ほど経験し、当時高校生だった中島聡さんの天才っぷりを目の当たりにし、自分の居場所を変えようと言うことで、営業に移動。当時の日本国内のMicrosoftの売り上げの3分の1程を売り上げていたそうです。この営業成績からMicrosoftの日本法人化に立ち会い、ビル・ゲイツとのつながりが出来ていきました。(詳しくは古川さんが本を執筆予定ということで割愛させていただきました。)

  • 英語とコミュニケーション

古川さんは23歳のときに始めて渡米。当時は全く英語が話せなかったそうですが、「もう手遅れだから、RとLの発音はあきらめなさい。日本人は話しているとだんだん声が小さくなるから、大きな声で話せばいいんだ」と言われ、一生それで乗り切ってしまったと言います。発音などを一切気にせずとも、交渉などの場面で自分の意見をきちんと表明することが大切だったという古川さんは、相手がビル・ゲイツであろうと自分の意見をぶつけて交渉していたそうです。

  • 若者へのメッセージ

アラン・ケイの言葉を借りて、「未来を予想すると必ず外れる。なぜなら傍観者になってしまうから。それならば、未来を自分の手で作り上げればいい。」という古川さん。学生時代の経験から、「勝負に負けそうなときは盤面をひっくり返す。そうするとなかったことになる。」ともおっしゃっていました。また、何かから学ぶ必要はないともおっしゃっています。なぜなら、ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズがやったことは、彼らがその当時やったからうまくいったこと。今の時代には今の時代なりの、自分自身を表現する方法や目の前にある技術やわくわくすることが、昔とはまた違った形であります。ウォルト・ディズニーが死んだ時、ディズニーの社員はウォルトだったらどうするかというのを全員知っていました。しかし、それはディズニーにとってマイナスの影響を与えてしまいました。これを知っていたジョブズは、「自分が死んだあとに、ジョブズだったらどうしただろうかということを考えないでほしい。ただ、アップルという会社がどうやったら成長できるか、それはもう一人一人回答を思いついているはずだから、それを信じてほしい」というメッセージを残しました。アップルの役員会に出席していたアル・ゴアが「アップル以外の人にも共有してほしい。人の意見やあの人だったこうするといったことを考えるのではなく、自分自身の回答や夢や目標を信じて、自分自身を信じてやった方が良い結果が出る。」と発言したことを引用し、自分自身がもうすでに知っている答えに向かって進めばいいとメッセージをくださいました。

  • 古川さんの教育方針

現在は慶応義塾大学院メディアデザイン研究科(KMD)の教授として、教鞭を執る古川さん。学生を連れてITシリコンバレーの旅を行ったり、学生とともに障害を持つ人とITとの関わりを研究したり、学生の持っている目標や叶えたい夢を一緒に修士論文として実現させていっていると言います。また、個人的には、グローバルに通用する若者を育てたい、技術者が研究発表するのではなく、社会からの要請に応えていいものを提供する事・研究成果を社会で検証して使ってもらう事が大事だと考えています。

  • 将来のデジタル世界

現在は、デバイスやアプリケーションが関係なくなった上で、どんなサービスを実現するか、どんなユーザーエクスペリエンスを実現するかということが大事な時代になっています。目的を設定する際に、どんな体験を共有したいか、身近にいる人がどんなことに困っていてどうやって問題解決をしてあげたいかということが重要になってきています。

  • 国際的人材になるには

講演会の後半には中島聡さんも登場し、中島さんのベンチャー企業やメルマガについて、アスキー時代の古川さんとのエピソードを語っていただきました。質疑応答では、グローバル人材・国際的人材についての定義という質問があがり、お二人とも「国際的人材になろうとすると、逆説的になれない。結果的にお金持ちや国際的人材になるのはかまわないが、それらを目的に何かをする事は違う。」と主張しました。古川さんは、「英語など言語のスキルセットより、自分自身が他に負けないアイディアを持ってそれを主張する力を持っている事の方が大切。自分の優位性を語り、自分の失敗から何を得たのかを語る事が出来れば話を聞いてもらえる」と語ります。また中島さんは、会社の中でしか通用しない人間にはならないで、閉じこもらないで会社の外でも通用する人間関係を構築していく事に価値があると語ってくださいました。

 

次回は古川さんも支援しているという落合陽一さんの講演会を8月29日に開催します。今年のTED×TOKYOにも出演されていた「現代の魔法使い」の講演会にぜひご参加ください!

 

8月4日の古川さんの講演会の最新情報

マイクロソフト株式会社社長で、現在は慶應大学大学院教授の古川さんが8月にシアトルに滞在されます。その滞在中にSIJPで講演していただけることになりました。マイクロソフトの黎明期の話やビルゲイツとの逸話など、他では聞けないお話をたくさん聞ける貴重な機会です。
お忙しいなか、次世代の若者を応援したいとのご厚意で講演を引き受けてくださいました。月曜日の夜ではありますが、みなさんぜひご参加ください。

申し込み http://seattleitjapaneseprof-aug2014.eventbrite.com

最新情報

  • SIJPで前に講演していただいた中島聡さんも参加予定です。元MSでしかも現在第一線で活躍されているお二人からどんな話が聞けるか、非常に楽しみです。
  • 伊藤園スコット津村さんがスポンサーについていただけることになりました。どうもありがとうございます。
  • 食事の方は前回好評いただいた料理人中島正太さんの日本食をご提供します。伊藤園のおーいお茶と一緒にお召し上がりください。