2月6日開催 中島聡さん講演会 ”Freedom In Mind ~日本独自の価値観に捕らわれないためには~” レポート

2016年2月6日、SIJP Student Division主催 “Freedom In Mind~日本独自の価値観に捕らわれないためには~” がベルビュー・チルドレンズ・アカデミーにて開催されました。今回の講演会のゲストスピーカーには、日米にまたがって幅広い活躍をされ、当時まだそれほど大きな会社ではなかったMicrosoftにてInternet ExplorerやWindowsの方向性を決められ、現在はご自身で立ち上げた会社を運営する天才プログラマーと呼び声が高い中島聡さんをお招きし、SIJPスタッフのアンジーともさんがMCとして進行する形で、この度の質疑応答形式の講演会は行われました。

当日は学生だけではなく多くの社会人を含む、参加者の皆様にお越し頂きました。また、YouTube Liveにてシアトル以外の地域にお住いの方など、講演会に来れない方向けにライブ配信を行い、そちらでも多くの方に視聴してもらうことが出来ました。

DSC01646(写真:冒頭の挨拶を行う講演会の企画者 参川さんと熱海さん)

講演会は、中島聡さんの経歴紹介から始まり、その中でイベント前々日付けでご自身が設立された会社UIEvolutionのCEOに戻ることになられたというご報告と共に、会社が持つビジョンの大切さを説いて頂きました。

ビジョンに関するお話の後は、中島さんご自身が常日頃から疑問を持たれている、日本の学生が持つ大企業偏重主義の価値観についてのお話しを伺いました。中島さんの語る大企業偏重主義とは、高度経済成長期からバブル時代へ移行する流れの中でがっしりと作り上げられた価値観であり、いわゆる一流大学に行くための詰め込み教育を受け、合格すれば遊びほうけの3年間を過ごした後、一部上場企業の内定を取り、その会社にて一生を勤め上げることを人生の成功と定義した考えのことです。

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中島さんは、この価値観が日本で蔓延しているがために、教育ママと呼ばれる親たちが子供を一流大学に入れるために幼少期から塾に通わせ、人がのびのびと遊び、そして色んなものに触れることで沢山のことを学べる大切な時期を犠牲にしていると語られていました。

しかしながら中島さん曰く、一部上場企業だとはいえ、今後どうなるかわからないのが日本の現状であり、現在の終身雇用制度では日本の安定雇用をこれ以上維持することはできない。安定を求めて一部上場企業を選ぶというのは、今では間違った古い考えであり、それであれば自分の好きなことを仕事として納得行くまでやる方が、人生は面白くて豊かになるのではないかとのことでした。

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(写真:真剣にお話を聞く参加者の方々)

周りの子供たちが塾に通う中で、家で科学研究キットを使い試行錯誤しながら実験をされていた若かれし頃の中島さんご自身のお話や、高校生時代にプログラムコードで雑誌デビューした経緯、その後アスキーに入りご自身の好きなことのみに没頭していたお話、そして終身雇用制度が完全に保障されていた時代にも関わらず、一部上場企業を辞めて外資系のMicrosoftに移ったお話を交え、中島さんだからこそ話せる説得力ある考えをその後は語って頂きました。

中でも、17歳の時のコンピュータという夢中になれるものとの出会いが、彼の人生を大きく変えたと中島さんは仰っていました。初めてボードに触れたとき、中島さんは「プログラムを書くために俺は生まれてきたんだ」と悟ったそうです。日本の多くの大学生が自身のやりたいことが見つからないまま内定をとらなければいけないという問題提起に対し、中島さんは色々な経験を若いうちにして、これだったら夢中になれるというものを早く見つけることが重要とお話されました。自身がやりたいことと仕事の内容が一致すると人間は幸せになれるという信条のもと、中島さんは自身のやりたいことと会社のやりたいことが上手く組み合わさるように努力をされているとのことです。また、それぞれの人が自身の好きな仕事をしていないがために、現在の日本では社畜問題などが起きているのではないかとも指摘されました。

DSC01659(写真:参加者との質疑応答の一コマ)

次にアメリカと日本でのキャリアに関する相違点についてお話しして頂きました。アメリカは古い価値観に囚われている日本に比べ人生の軌道修正がしやすく、キャリアを変えることに対してオープンマインドであるということ、その一例として45歳でキャリアを変えたり大学に行くことはアメリカではごく普通のことであると語られました。

世の中どうなるか分からないのだから、打算やあまり先のことを考えずに、これが自分の居場所だと思ったらそっちに行くべきであると、その後中島さんはお話をされました。また、アメリカでは会社と個人の関係が比較的対等な立場となり、部下と上司でもお互いがリスペクトし合うことが成功するうえで欠かせないことだそうです。

良い仕事をすることがお互いの信頼関係を作ることになるとも語られ、特にIT業界では、ネットを通じて会社をまたいだ人脈作りを行ったり、プログラムを無償提供するオープンソースが個人を宣伝する場として機能しているがため、その場で知った顔も知らない人を自分の会社に誘ったりするような動きが活発に起きているそうです。また、日本で一般的な昇進に伴う技術者から経営側の立場への異動などがアメリカの会社では存在せず、アメリカではプログラマーはプログラマーの技術レベルごとに給与が決められ、人によってはマネージャーよりも稼ぐことも可能といった、各個人の役職ごとの力を評価するこのシステムをアメリカの柔軟性と評価されていました。

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最後に、中島さんが一緒に働きたいと思う人について、頭の回転が速く、賢くてビジョンを話した時に目を輝かせて前のめりになってくれる人を挙げられていました。中島さんは常日頃からこういう世界が来るといいな、これがあったら便利だな、これをこうしたらビジネスになるな、と想像することが習慣となっており、それが自身が設立した会社のビジョンに繋がっていると語られていました。正解がないこの世の中において、柔軟な考え方をすることが大事であるという信条が、このような習慣に結びついているとのことです。

締めの言葉として、中島聡さんから学生の皆さんに向けて「妥協せずに自分が頑張れる仕事を見つけてほしい」とのメッセージを頂きました。今回の講演会では、参加者の方と中島さんの活発な質疑応答が行われました。質疑応答を通し、中島聡さんに普段なかなか聞けない質問を直接投げかけることが出来たことで、参加してくださった方にとって今回の講演会は大変貴重な時間になったことと思います。

最後までお読み頂き、ありがとうございました。

 

執筆:熱海将馬
写真撮影:藤井りな
企画:参川翔&熱海将馬

SIJP Student Divisionでは、これからも学生のキャリア構築に貢献していくためのイベントを開催していきます。2月27日(土)には女性留学生を対象に「IT × 女子 ~ITを通して広げるキャリア~」を開きます。興味のある方は是非ご参加くだ さい。

ご意見ご質問などは下記のメールアドレスまでご連絡ください。
Contact

当日中継された動画はこちらになります。

中島聡氏講演会 Freedom In Mind 〜日本独自の価値観に捕らわれないためには~ ライブ配信のお知らせ!

2月6日に開催される中島聡氏の講演会 Freedom In Mind 〜日本独自の価値観に捕らわれないためには~のライブ配信が決定いたしました!PSTでは2月6日(土)午後5時から、日本時間では2月7日(日)の午前10時から配信予定です。

下記のYouTube Liveにて配信予定ですので、当日来られない方は是非YouTube Liveを通してイベントにご参加ください。もちろん、当日会場に来られる方は中島聡さんに直接質問をできるチャンス&スポンサーの提供による軽食のサービスがあるので、是非会場までお越しください。

中島聡さん講演会のお知らせ Freedom In Mind~日本独自の価値観に捕らわれないためには~

中島聡さん講演会22月6日土曜日にベルビューチルドレンズアカデミーにて、ソフトウェアエンジニアである中島聡さんをお招きして「Freedom In Mind~日本独自の価値観に捕らわれないためには~」と題した、学生向けの質疑応答形式の講演会を開催します。

日本人学生の皆さんへ。知らず知らずのうちに日本独自の価値観に捕らわれていませんか?就活を控えた方やグローバルな視点を持ちたいと考える日本人学生を対象に、何かを考える際に1つの考え方にこだわらず、新たな視点をもって臨んでもらいたい!という思いから、日米にまたがって活躍され、NHKを始めとする様々なメディアにも出演されている中島聡さんをゲストにお招きして、質疑応答形式の講演会を行います。学生の皆さんの素朴な質問などをぶつけることの出来る良い機会ですので、是非ともご参加ください。

イベント概要
2月6日(土) 17:00~19:00
開場はイベント30分前の16:30からを予定
参加費:無料
会場:Bellevue Children’s Academy
Address: 14600 NE 24th St, Bellevue, WA 98007

参加方法:Eventbriteから申し込み
*早期申し込み特典として、1月30日までに申し込みを頂いた方にMicrosoftのペンとノートをプレゼント致します。欲しい方はお早めの申し込みをどうぞ。

当日は軽食として、スポンサーである伊藤園さんとTRESさんの提供のもと、お茶とサンドウィッチをご用意しております。また、このイベントは大学生・大学院生を対象としておりますが、もし学生向けにフォーカスした内容になることを了承して頂けるのであれば、大学生以外の方もご参加頂けます。

中島聡さんプロフィール

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もっと詳しいプロフィールはコチラ↓(中島聡さんのブログ)
http://satoshi.blogs.com/about.html

イベント・スポンサー

中島聡氏による「米国での起業体験について」講演会&交流会開催!

今回はBellevue Children’s Academyで行われた中島聡氏の講演会のレポートです。講演会場のBellevue Children’s Academyは100人以上は入れるような広い会場で、SIJPが主催した中で今回が一番大きな講演会となりました。会場をご提供いただいたBellevue Children’s Academy様、ありがとうございました。

まずは受付を済ませ、講演が始まる前に軽食で腹ごしらえ。から揚げ、焼きそば、春巻きという日本人のソウルフード的な軽食がうれしいです。隣に座った人と自己紹介&スモールトークをしながら開演時間を待ちます。開演時間間近になると会場の席はほぼ満員になり、ざっと数えただけで100名くらいの人たちが入っています。

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 さて開演時間になり、早速中島氏の登場です!今回は司会者と中島氏のトーク形式で、中島氏がアメリカでの起業に至るまでの経緯を、「学生時代」「マイクロソフト時代」「UIEvolution時代」の三本立てで語っていただきました。

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「学生時代」

話は中島少年の小学校時代までさかのぼります。小学校低学年の頃から、理科と算数の成績は常に5、それ以外は2か3という典型的な理系人間の片鱗を早々と見せつけ、小学校5年生ですでに高校受験用難問集を解いていた中島少年。中学時代は、新学期に配られる理科と数学の教科書を漫画本のようにその日のうちに読破し、理科の先生に薦められた「NHK高校通信講座」を見る毎日を送っていたそうです。

早稲田付属高校時代の数学部で初めてプログラミングと出会うことになりましたが、当時プログラミングへの印象はあまりよくないものでした。そして高校2年生のときに、親戚のおじさんが持ってきた「これからはマイクロコンピューター(今で言うところのパーソナルコンピュータ)の時代だ!」という記事に触発され、「これからはマイクロコンピューターの時代」→「マイクロコンピューターをやれば儲かる!」という予想のもと、当時の高校生にとっては大金の8万円を親から借金し、当時は組み立てキットで販売されていたマイコンを、半田ごてを使って製作しました。

しかし当時は中島少年にとってのプログラミングは、「マニュアルどおりに数字を入れると何かが動く。でもプログラミングが何だかわからない。」という手探り状態でした。でも1ヶ月もすると、「コンピュータってbyteを一度に全部見れずに、一個ずつしか見れないんじゃない?」と気づき始めました。それは人間だったら、「ステーキのにおいをかぐ→ステーキのイメージを思い浮かべる」のが、コンピュータは、「ステーキのにおいをかいでも、ステーキのイメージを思い浮かべられない」のと一緒のことなんだとひらめきました。

「NTT研究所からマイクロソフト時代」

早稲田大学修士課程終了後、教授の推薦を受けNTT研究所に入社する中島氏。しかし予想に反して仕事はプログラミングすることではなく、下請け会社に出すプログラミング用のフローチャートを作るだけ。高校2年生からプログラミングのバイトをして、当時すでに親の収入を超えていた(でも親にちゃっかり食べさせてもらっていた)中島氏にとっては、フローチャートを基にプログラミングしても意味がなく、プログラミングは自分で実際書かないとダメなことは身にしみてわかっていました。

そこで上の人にフローチャートはダメだと抗議しても、「お前は新人だから黙っとけ!」と一蹴されて終わってしまいました。このとき中島氏は仕事への失望と同時に、新聞でマイクロソフトが日本法人を立ち上げることを知り退社を決意しました。

退社するためNTT研究所の室長に辞表を出したところ、研究所と大学を巻き込んだ前代未門の大事件に発展し、大問題になってしまいましたが、やっとのことでNTT研究所を退社することができました。

そして1986年に中島氏はめでたくマイクロソフト日本法人に入社、そして3年後の1989年には当時2000人くらいしかいなかったマイクロソフトの本社に転勤となりました。

当時のマイクロソフトは、仕事面で言えば、仕様書関係なく「やったもの勝ち」「コード早く書いちゃったもん勝ち」という社風で、どんなに忙しい毎日でもWindows95を立ち上げた頃が一番楽しかった時代だったそうです。

その後OS開発に飽きた中島氏は、OS開発部門所属にもかかわらず、IEブラウザーを作っているチームに勝手に手伝いに押しかけ、その上チームがまだIE2.0を開発中なのに、Netscapeが3.0を開発中だからと、いきなりIE3.0を開発させて欲しいと交渉し、誰にも頼まれてないのに一人でIE3.0を作り始めてしまいました。

結果的に中島氏のIE3.0の登場によって、Netscapeのマーケットシェアを70%から30%に引き下げたので、自分の本来のOS開発の仕事をしていなくても誰からも文句を言われることはありませんでした。

しかしマイクロソフトがだんだん大きくなるにつれ、会社の方針と中島氏の信念にずれが生じ始めていました。ビルゲイツがミーティングを開いたときに、中島氏が

「計画性のないイノベーションをしないとダメです。3人規模のチームを100や200作ってそれぞれ勝手にイノベーションをさせて、その中のひとつが成功すればいいじゃないか。でないとネットの時代に勝てません。」

と提案すると、ビルゲイツは完全否定し、

「5年先を見て、人を300人投入して、マイクロソフトでしかできないことをやる。計画性のないイノベーションは、ベンチャーにやらせればいい。そしてもしイノベーションに成功したベンチャーが出たら、そのベンチャーを買収すればいい。」

と真っ向からビルゲイツと意見が食い違いマイクロソフトの方向性に失望してしまいました。

そこで当時マイクロソフトでナンバー4だったブラッドに相談すると、自分がベンチャーキャピタルを始めるので一緒にやらないかと誘われて2000年にマイクロソフトを退社することにしました。

その後中島氏は仕事柄いろんなベンチャーのビジネスプランを見る機会がありましたが、どのビジネスプランにもガッカリして、「これだったら自分でやったほうがいいのでは?」と自分でビジネスを立ち上げることにしました。

「UIEvolution時代」

さて自分でビジネスを立ち上げる決意をした中島氏でしたが、経営経験ゼロ。そこで知り合いに相談すると、

「弁護士だけはケチるな」

とアドバイスされました。そして自分でビジネスをしていくうちに、その意味が身にしみてわかるようになりました。

中島氏は知り合いのアドバイスに従ってこの分野に詳しい一流の弁護士を雇うことにしましたが、こっちがお客なのに

「うちはビジネスプランがいい客としか仕事をしない。」

といきなり上から目線で対応されてしまいます。そしてお金がないならベンチャーキャピタルが集まるまで弁護費用はツケでいいから、会社の2%くれと提案されたりと驚きの連続でした。

さらにこれから中島氏とその弁護士と、投資家集めのための猛勉強が始まりました。例えば起業したときの株については、Preferred Share(優先株)という、もしもの場合は投資家が一番先にお金を引き上げる権利がある株を投資家に与え、中島氏は一般株という何の優先権もない株を与えられことや、起業家と投資家の関係としては、中島氏は自分の人生やアイデアや情熱をビジネスに賭ける代わりに、投資家はビジネスにお金を援助し、お互いが利害関係を持っていることを勉強しました。

日本の投資では、第三機関に会社の価値を決めてもらい投資額を決めるそうですが、アメリカではアイデアと情熱だけで投資家が会社の価値を見出せば、ポンとお金を出してくれるのです。まさに交渉次第だとアメリカの投資家の柔軟さを学ぶことととなりました。

起業後の中島氏のCEOの一番の仕事はとにかく資金集めです。会社が潰れそうになったことも何度もあり、役員会議で自分の給料と重役の給料のカットを提案しましたが、重役たちはそれを拒否し、結局自分の給料をゼロにして、社員の人数も三分の一カットせざるを得なかった苦い経験もあります。中島氏にとって、今まで一緒に会社経営のために戦ってきた戦友だと思っていた重役たちとの体温差にガッカリしてしまった瞬間でした。

それでも会社は下降の一途をたどり、ついに中島氏は自分個人のお金をビジネスに突っ込み始め、この時点で投資家は中島氏を見放し、投資金を回収することだけを考えていました。

にっちもさっちもいかなくなった中島氏は、商社の投資部門に勤める大学時代の友人に投資をを依頼します。

2004年初め、アスキー時代のコネでやっと見つけた投資先がスクエアエニックスです。スクエアエニックスの和田氏とアメリカの投資家との顔合わせのミーティングの席で、和田氏がUIEvolutionを買っても良いとポロっと漏らすと、投資家たちの目の色が一気に変わりました。

これまでは潰れるのを待つだけで、投資金の回収を早く済ませたいと考えていた会社がスクエアエニックスに売れるかもしれないことで、投資家たちは「早く売れ売れ」コール、当時営業部門だったアメリカ人社員は、営業をストップさせ、周りからのプレッシャーで中島氏は会社を売らざるを得ない状況になってしまいました。

買収後の2007年にスクエアエニックスの子会社としてMobile Middlewareを作っていたUIEvolutionが再び経営難になり、スクエアエニックスから潰すしかないと言われたので、それなら安く譲ってくれるように中島氏は再びUIEvolutionを買い戻しました。その後中島氏はUIEvolution のCEOにはならずに、株主取締役に納まり毎日プログラミングに没頭しています。

中島氏からのアメリカで起業する人へのアドバイス:

「弁護士雇うときはケチるな!」

個人レベルのアドバイスは、日本的な「お受験→一流大学→上場企業内定→一生安定」というイージーモードな人生打ち破ること。企業レベルでのアドバイスは、企業の経営陣はイノベーションを唱え危機感だけは持っているが、実際は何も手を打たない古い体質を打破するのが大切だと言っていました。

それに対しアメリカでは、無駄な仕事(例えばコピー複合機のドライバの開発や保守など)をやらせるとどんどん人が辞めていく(特に優秀な人材から)という人材の流動性があり、その結果古い企業が潰れて、新しい企業がどんどん台頭します。このように常に企業は人材価値を高め続けることが大切だと語っていました。

次は会場からの質問コーナーです。例えば中島氏にこんな質問が投げかけられました。

アメリカで起業した中島氏の決断力は何に基づいているのか気になるところです。

Q:決断力について何を軸にしているのか?

A: いろんな情報源です。左脳で考える客観的数字でロジカルに考えても答えは出ません。

右脳に任せる。例えば、宝くじで儲けるか、株で儲けるかは、数字で比較できることで、左脳の仕事。でもマイクロソフトで仕事するか、ベンチャーを立ち上げるかは、数字では比較できない右脳の仕事。

Q:FacebookがWhatsAppを買収しましたが、190億ドルという評価額がおかしいと思いませんか?

A:WhatsAppの買収額をユーザー数で割ると35ドル前後。Facebookの評価額をユーザー数で割ると100ドル前後なので、Whatsapp買収により獲得するユーザーから見込める広告収入を考えると、そろばん計算上では、そうおかしくない額だと思います。

しかしFacebook離れが始まったと同時にInstagramが大きくなり、ユーザーを根こそぎ取られては困るので、FacebookはInstagramを買収しました。他に新しいSNSの会社が出現し、ユーザーのFacebook離れが始まるたびにその新興SNS企業を買収して生き残らなければならないので、今回のWhatsAppの買収も最後ではありません。

ひとたびFacebook離れが始まると、Facebookは買収を繰り返していくしかないので、人の流行り廃りに左右されると言う意味で危ない会社かも知れません。

それに比べてAmazonはすごいです。AmazonのFulfillment Centerは誰も追いつけないと思います。なのでAmazonにとってのWhatsAppは現れないと思います。Amazonはイケイケなので、将来的に世界のGDPの20%いくと思いますよ!

 質問コーナーに続き、中島氏が現在開発中のVideo Shaderのデモがありました。

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VideoShaderとは、普通の世界をアニメ化して、自分でフィルターを作ることができるアプリです。

こんな感じです。

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面白い画像やビデオが撮れると、バージョン2からはネットワーク機能があり、世界中の人々と画像やビデオだけでなく、フィルターもシェアできるようになるそうです。楽しみですね!

iPhoneとiPad用のVideoShaderのダウンロードはこちらからどうぞ(無料アプリですよ!)

https://itunes.apple.com/us/app/videoshader/id790784885?mt=8

最後は交流会。中島氏の元には、ディズニーランドのアトラクションのような長~い行列が。中島氏と直接交流できるチャンスなんてなかなかありませんからね!

ということで、中島聡氏の講演会にはたくさんの方々に参加いただき、大盛況でした。

これからもSIJPでは楽しいイベントを企画していくので、是非参加をお待ちしています~!