【学生向け企画】企業ツアー第二弾:Googleツアー

学生向け企業ツアー第二弾のお知らせです。今回のツアー先はGoogle!

【6月13日0時】より受付を開始します。

前回Amazonツアーは受付開始後まもなく定員に達したので、前回逃してしまった方はぜひお早めにお申し込みください。

なお、Amazonツアーに参加されていない方を優先いたしますのでご了承ください。

イベント詳細については以下のリンクをぜひチェックしてください。

https://www.facebook.com/events/248592202014830/?notif_t=plan_user_joined

窪田良氏による「アキュセラのテクノロジーと上場までの軌跡」講演会&交流会開催!

今回はBellevue Children’s Academyで行われた窪田良氏の講演会レポートです。100人以上入る広い会場ですが席は全て埋まっていました。会場をご提供いただいたBellevueChildren’s Academy様、ありがとうございました。また、本を提供頂いた紀伊國屋様、ありがとうございました。

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左からSIJP会長今崎憲児氏、Bellevue Children’s Academyディレクター清水楡華氏、ゲストスピーカー窪田良氏です。

まず受付を済ましネームタグをペタリ。いつも通り講演会前に腹ごしらえです。今回も美味しそうな料理がたくさん並んでおり、皆さんおしゃべりをしながらお食事を楽しんでいました。そして7時ぴったりに講演会スタート。講演会の最後には窪田氏の著書『極めるひとほどあきっぽい』のプレゼントクイズが行われるというアナウンスがあり、嬉しいサプライズに会場はそわそわ。

「みなさん目を閉じてください。目の前が真っ暗になりましたよね。失明するということはこういうことなんです。」

友達や家族が見えなくなる、今まで当たり前に見えていた日常がなくなるということがどういうことか考えさせられました。もし失明を治す薬が発明されたなら、何万人という患者さん、その家族が喜ぶでしょうか。窪田氏はそんな患者さんを救う新薬開発に尽力されています。

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「治療法を見つけて患者さんを救いたい」

慶應義塾大学医学部で眼科学研究により博士号を取得。その研究課程で緑内障原因遺伝子であるミオシリンを発見、のちに「須田賞」(日本の眼科研究者に与えられる賞)を受賞。ヒトゲノム計画が最盛期だったため、ミオシリン発見の功績は非常に大きくいろんな有名大学からオファーをいただきました。大学訪問の際に研究環境に惹かれたワシントン大学に2000年より眼科シニアフェローおよび助教授として勤務を決めます。その際に周囲の人々は世界最高峰であるハーバード大学を薦めたそうです。しかし窪田氏は「人と違う発想をする」というモットーでありワシントン大学を選択しました。この選択が後に窪田氏の岐路になります。2000年以降は再生医療が盛んになります。再生医療で最先端分野は骨髄移植ですが、その骨髄移植分野での権威はワシントン大学でした。ワシントン大学では網膜幹細胞における再生医療の研究に取り組んでいました。その研究から神経細胞を長期的に培養できる技術を発見し、 窪田氏は「失明を根絶する治療法の開発につなげたい 」と考え起業を決意します。その技術をもとに2002年に自宅の地下室で起業しました。

「新薬開発の難しさ」

新薬開発には多大なコストと時間がかかります。研究、開発、市場に出るまでの過程には約12年かかると言われています。研究の段階では10,000から30,000の化合物を作り、合成するという作業を繰り返します。ほとんどを手作業で行うそうで、膨大な時間がかかります。その中から反応が見られた約10から20の化合物を試験し、数を減らしていきます。実際に反応が見られる化合物を作れる確率は非常に低いのです。その後は臨床試験をクリアしなければなりません。一般的にフェーズ1では健康な一般男性に。フェーズ2では開発する薬の対象となる疾患患者の方に、フェーズ3では対象疾患患者を対象に大規模臨床試験が行われます。安全性が確立していない新薬に関しての臨床試験被験者を集めるのは難しく、この過程で非常に時間がかかる企業が多いと窪田氏は話します。アメリカでは医学生は学部入学の際、医学分野に関するボランティアの参加が必須になります。新薬開発に関しての国民レベルでの認識の変化が求められており、薄く広くのリスクテイクは避けられない現状であるからです。また薬剤の開発費は年々上がってきており政府予算を圧迫しているというのも現状です。そもそも今までの新薬開発偶発的な化合物の発見に頼ってきたものが多かったそうです。そのためゼロからの発見には莫大な時間と予算がかかるのです。

「人に関する不確かな知識」

バイオテクノロジーは大きな市場規模に関わらず十分な治療法が確立されていない分野が多いのが現状と窪田氏は語ります。人に関してまだ不確かな知識が多く、治療が追い付かないのが現状です。例えば網膜疾患領域市場。(網膜は光を感じるフィルムのような役割を担っており、異常が生じると失明の恐れを伴う可能性もでてきます。一度その機能が失われると今の技術では再生することはありません)独立系調査会社Visiongain社によると 2012年の網膜疾患領域市場規模は51.3億ドルですが2024年には約166億ドルになる見込みと言われています [1]。高齢社会が進むなか、目に関する新薬の重要性はますます高まっています。

「バイオベンチャー企業の必要性」

大手製薬企業とベンチャー企業で新規化合物の承認数を比較するとベンチャー企業の方が勝っているそうです。また研究開発費を比較してみても大手製薬企業は平均で年間500億ドル、対するベンチャー企業は平均で 280億ドルと差は歴然です[2] 。なぜベンチャー企業から新薬は生まれやすいのか。ベンチャー企業は既成概念や合理性にとらわれずイノベーションを大事にしているからだと窪田氏は語ります。大手企業は役員会議を通すので合意を得やすいアイデアしか投資を得られません。しかしベンチャー企業はユニークな価値観を持ちアイデアに同意してくれる投資家が1人でもいたら開発にとりかかることができるのです。イノベーションの創造のカギは3つ。・多様性を尊重すること・価値ある失敗を許容すること・信頼関係を構築することです。

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「起業家としての7つの条件」

10年継続するのは難しいと言われていたバイオベンチャーにおいて成功されている窪田氏が起業家として求められる7つの条件を教えてくださいました。

・忍耐、粘り強さ

・エネルギーと情熱

・リスクの許容能力

・明確なビジョン

・断固たる信念

・高い柔軟性

・チャレンジ精神

窪田氏の明確なビジョンは「世界から失明を撲滅すること」。リスクの許容能力とは、無駄な投資に終わるかもしれないけれども、成功した時には大きな達成につながるリスク。そのアップサイドを見極めてリスクに挑戦してみようという意識をもつこと。単にリスクを取ればいいのはなく、リスクへのバックアップ、つまり致命傷を負わないようにプランB、プランCを用意しておくことも大切だということでした。

「アキュセラ・インク社」

窪田氏のアキュセラ・インク社は世界中で数百万人が罹患している視力を脅かす眼疾患を治療または進行を遅らせる可能性のある革新的な治療薬の探索および開発に取り組んでいる、臨床開発段階のバイオ製薬企業です。新規技術の構築とイノベータ―としての地位を確立しました。

・通常、バイオベンチャーを地下室で設立するのは不可能であると言われていた

しかし、アキュセラは地下室で設立された

・通常、まったくの新規開発候補薬の同定は2年では不可能であると言われていた

しかし、アキュセラはそれを達成した

・通常、薬理学的にヒトの視覚サイクルを調整することは不可能であると言われていた

しかし、アキュセラはそれを達成した

・起業しても、バイオベンチャーは10年継続するのは困難であると言われている

しかし、アキュセラはそれを達成した

・前例のない米国企業の東京証券取引所マザーズ市場への単独上場は難しいと言われる

しかし、アキュセラはそれを達成した

「東京証券取引所マザーズ市場への上場」

2014年、アキュセラ・インク社は東京証券取引所マザーズ市場へ米国企業第一号として単独上場を果たします。そもそもアキュセラは日本の投資家から設立当初より投資を受けていたそうです。日本人がアメリカで起業する際は日系移民からの投資、または日本からの投資が多いそうです。実際アメリカに居続けるかわからない日本人にアメリカ人が投資するというケースは少ないそうです。アメリカにある企業が上場するということは日本での規制とアメリカでの規制の両方をクリアせねばなりません。日本は上場するまでが厳しく、アメリカは上場してからが厳しい現状がありコンプライアンスを常に更新し続ける必要があるそうです。

約1時間にわたる講演会はあっという間に過ぎ、参加者からの質問タイムが始まりました。事前に募ったオンラインを通じての窪田氏への質問では

・スタートアップ企業の人材に求められる気質は?

・日本とアメリカの株式市場の違いは?

・バイオベンチャーにおけるIT技術利用の展望は?

などなどたくさん寄せられました。

また「窪田博士への質問がある方は挙手をお願いします」というアナウンスとともに続々と上がる手。皆さん窪田氏の話に興味津々でした。

その後は待ちに待った紀伊國屋様の提供による窪田氏の著書『極めるひとほどあきっぽい』のプレゼントクイズ。我こそはと目を輝かせて質問を待つ学生の姿が目立ちました。中には講演会では触れなかった「好きなスポーツは?」という難問も。しかし「テニスです」と自信満々に答える姿が見れました。窪田氏が出演なさったテレビ番組「夢の扉+」を事前にチェックしてきたそうです。正解者は窪田氏と記念撮影。皆さんとても嬉しそうでした。

[1]: Visiongain report December 2013: Macular Degeneration (AMD) and other Retinal Diseases: World Drug Market 2014-2024.

[2]: :  The Burrill & Company 25th Annual Report on the Life Sciences Industry, Page 33.

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窪田氏との記念撮影

 

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交流会では窪田氏と話すために長蛇の列が

窪田氏は薬剤ベンチャーについて分かりやすく説明くださり、医学に関して知識のない私たちでも理解を深めることができました。また起業家として、イノベータ―としてのエッセンスもたくさん教えていただき皆さんいい刺激を受けられたのではないでしょうか。

今回のSIJPの講演会も大成功でした。

次回6月14日の講演会はニコニコ動画の北米展開を担当するniconico.comの代表取締役社長James Spahnさんの講演会と交流会とサッカーワールドカップの日本戦観戦会です。参加お待ちしています!

詳しくはhttps://sijp.orgでお知らせします。

 

著:箕浦 志帆

6月14日のジェイムズ・スパーンさんの講演会及びサッカーワールドカップ日本戦の観戦会、チケット発売開始です。

6月14日の世紀のダブルヘッダーのチケット発売開始です。もちろん、同じ場所(http://www.marriott.com/hotels/travel/bvudt-courtyard-seattle-bellevue-downtown/)で行われます。特にサッカーワールドカップ日本戦の観戦会の方はご家族でご参加ください。
http://seattleitjapaneseprof-june2014-2.eventbrite.com (ジェイムズ・スパーンさんの講演会、4時から)
http://seattleitjapaneseprof-june2014-1.eventbrite.com (サッカーワールドカップ日本戦の観戦会、5時半から)

6月7日の映画『HAFU』プロジェクト・イベントのお知らせ

SIJPがIT関係で協力している映画『HAFU』プロジェクトイベントのお知らせです。

映画『HAFU』プロジェクトイベントのお知らせ


 ①HAFUスペシャルセミナー『アメリカで育つ子どもと日本人の親』

 映画『HAFUアンコール上映会  

6月7日、HAFUプロジェクトのイベントが2つ行われます。参加申込みはそれぞれ別になりますのでご注意下さい(両方とも参加希望する場合、それぞれに申込みが必要です)。

スペシャルセミナー『アメリカで育つ子どもと日本人の親』
子どものほめ方、叱り方、家庭のしつけなど、アメリカの文化や習慣は、日本とは大きく異なります。 「親は全然わかってくれない」「叱ってばかりで、誉めてくれない」という子どもの言い分と、「子どもが何を考えているのかまったく分からない」「こんなに苦労して育てているのに」という日本人の親の言い分。 カウンセラーとして幅広く活躍中の角谷先生から、お互いがよく理解し合い、楽しい親子関係を築くためにはどうすればよいのかを学びましょう。
<講師>サクセスアブロードカウンセリング代表、ワシントン州認定臨床ソーシャルワーカー角谷紀誉子先生

【日時】6月7日(土)9:30-11:00am(受付開始は9:15am)

【会場】Bellevue Children’s Academy   14640 NE 24th Street, Bellevue, WA 98007

【入場料】一人 $5 *当日現金でお支払いください

【定員】申込み先着100名 【申込み方法】オンラインで受付中https://hafuinseattle3.eventbrite.com

 

映画『HAFU』アンコール上映会

ドキュメンタリー映画『HAFU』のアンコール上映会を6月7日(土)11時15分から行います。

<映画について>日本の統計によると、現在、新生児の49人に1人が日本人と外国人との間に生まれています。かつて単一民族と呼ばれた日本社会に、様々なバックグラウンドの人たちが生活するようになりました。 映画『HAFU』は5人のハーフたちのインタビューを通し、多人種・多文化社会、アイデンティティというテーマを掘り下げたドキュメンタリー。日本だけでなく世界各地で次々と上映されています。(日本語・英語字幕、2013年/日本/87分)

【日時】6月7日(土) 11:15-12:45pm(受付開始は11:00am) *スペシャルセミナー終了後

【会場】Bellevue Children’s Academy   14640 NE 24th Street, Bellevue, WA 98007

【入場料】 無 料

【定員】申込み先着50名 【申込み方法】 オンラインで受付中 hafuinseattle4.eventbrite.com

【協賛】ベルビューじゃぱん倶楽部

 

〓〓〓イベントのお問合わせは〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
映画『HAFU』シアトル上映会実行委員会 hafuinseattle@gmail.com

公式サイトhttps://www.facebook.com/hafuinseattle

主催:映画『HAFU』シアトル上映会実行委員

ジェイムズ・スパーンさんの講演及びサッカーワールドカップの日本戦観戦会は6月14日です。

6月のSIJPの活動について

ジェイムズ・スパーンさんの講演会は6月14日の午後4時から、サッカーのワールドカップの日本対コートジボワール戦の観戦会は午後5時半から予定しています。場所はBELLEVUEDOWNTOWNのマリオットホテルのレストランです。世紀のダブルヘッダーを見逃す手はありません。詳しい情報は来週中に発表し、チケットを発売する予定です。ご期待下さい!

 

窪田良さんの講演会の最新情報

今週の金曜日は窪田良さんの講演会です。申し込みがまだの方はここからよろしくお願いします。窪田さんの考え方に実際に触れる数少ないチャンスだと思います。

窪田さんのことを知りたい方は、窪田さんが出演したフジテレビの番組「夢の扉」はYOUTUBEにあります。JUNGLECITYでのインタビューはここです。

講演会の最新情報です。

 

 

5月16日の窪田良さんの講演会のお知らせ

【日時】 5月16日(金)午後6時半〜午後9時半

【プログラム】
午後6:30 受付開始 (軽食+飲み物つき)
午後7:00 講演会「アキュセラのテクノロジーと上場までの軌跡」
午後8:00 交流会
午後9:30 終了

【講演概要】

 

「テクノロジーと聞いて、あなたは何を思い浮かべますか?パソコン、iPhone、インターネット、クラウド。殆どの人は私たちの身近にあるものを想像するかと思います。しかしテクノロジーとはこれらに限らず、見えないところで我々の暮らしを日々豊かにしています。その中の一つのバイオテクノロジーは、主に医療の進歩・発達もに関与し、病人や患者に生きる希望を与えてきました。

 

今回はそのバイオテクノロジーの分野でご活躍されているアキュセラ・インクの会長・社長兼CEO、そして「極めるひとほどあきっぽい」の著者でもある窪田良さんを招いて講演会を開きます。アキュセラ・インクは2月13日に東証マザーズに上場しており、その技術と上場までに至る経緯をご講演頂く予定です。
皆さんも、新たなテクノロジーの分野を講演会のオーディエンスとして「極めて」みませんか。
【会場】 Bellevue Children’s Academy (BCA2): 14640 Northeast 24th Street, Bellevue, WA 98007

*BCA1 (14600 NE 24th St) ではなくBCA2 (14640 NE 24th St)ですので、ご注意ください。

【駐車場】BCA1
【 定員】 100人

【 参加費】 一般前売り券:$10 (+手数料) (軽食+飲み物つき)

学生前売り券:$5 (+手数料) (軽食+飲み物つき)

一般・学生当日券:$15(軽食+飲み物つき)

*注1:前売り券の販売は講演会前日の5月15日の午後11:59に閉め切らして頂きます。

*注2:学生前売り券の場合、学生証の提出が必要となります。
【申し込み】 SeattleITJapaneseProf-May2014.eventbrite.com でお申し込み。

【締切】 定員100名に達し次第

 

【講演者略歴】

窪田 良(くぼた・りょう), MD, PhD // 会長・社長兼CEO // http://ryokubota.jp/

慶應義塾大学医学部で眼科学研究により博士号を取得し、その研究過程で緑内障原因遺伝子であるミオシリンを発見、神経変性網膜疾患の分野での功績が認められ、「須田賞」を受賞。眼科専門医として緑内障や白内障など1000を超える手術を執刀。虎の門病院勤務などを経て2000年より米国ワシントン大学に眼科シニアフェローおよび助教授として勤務。その過程で独自の細胞培養技術を発見、その後、失明の恐れのある眼疾患患者のために安全な新薬を開発し、世界に広めるという目標を掲げて、2002年4月にアキュセラ・インクを設立。2010年1月に世界初の経口ドライ型加齢黄斑変性治療薬のエミクススタト塩酸塩の臨床第2相試験を開始、同年3月には有望な医薬品にのみ与えられる米国食品衛生局より有望な医薬品として優先開発品目に認定された。2013年2月には、 地図状萎縮を伴うドライ型加齢黄班変性の患者を対象に臨床第2b/3相試験が開始された。米国眼科学会、Association for Research in Vision and Ophthalmology (ARVO)、日本眼科学会、および慶應医学会の会員であり、ワシントン州の日米協会の理事も務めている。2009年にSeattle Business Magazine誌より、ワシントン州で25人の革新者、起業家の1人に、また2010年にはPharmaceutical Executive magazine誌により、45歳以下の次世代を築くエグゼクティブの中から、プロジェクトの運営、管理もしくは新薬開発に携わっている民間企業のエグゼクティブの実績が評価される「Emerging Pharmaceutical Industry Leaders for 2010」の候補者の一人に選出される。そして、2011年8月には、PharmaVOICE誌により、ライフサイエンス業界で最も影響力のある100人の1人に選ばれる他、同年10月には日経ビジネス誌の第一回「次代を創る100人」に、日本の次世代に影響力のある1人として選出された。そして、最近ではAERA(2012年5月号)の“現代の肖像”に掲載され、また同年5月に、北カリフォルニア日本協会とスタンフォード大学日米技術経営センターが共同で実施した「Japan-U.S. Innovation Awards」で、Emerging Leader Japanを受賞した。

スコット津村氏による「型破りExecutive Producerによるゲームプロデュース裏話」講演会&交流会開催!会場は大爆笑の渦!

今回はベルビューでPSP.Incで行われたスコット津村氏の講演会のレポートです。いつものように受付を済ませ、会場に入るとすでに満席です。ざっと会場を見渡すと、学生さんや社会人の人たちだけでなく女性の参加者も目立ち、参加者の幅の広さが窺えます。講演会のたびに女性参加者の数が増えてきてるような印象を受けていますが、これからもSIJPではいろんな方の参加を絶賛大歓迎中です!

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さて講演会の前のお約束の腹ごしらえ。今回の軽食はなんとゴージャスなお寿司!日本人のDNAが騒ぎ出すような握りずしや巻き寿司をほおばりながら、開演前のプチ交流会です。会場のサイズがちょうど良く、お隣の人とも交流しやすい雰囲気。

プチ交流会後はいよいよ講演開始です。椅子の数も足りなくなり立ち見が出るほどの満席の中、待ちに待ったスコット津村氏の登場です!ロマンスグレーの似合うダンディーな印象のスコット氏を前に、会場からの暖かい拍手でお出迎えです。スコット氏は御歳72歳なのですが、まったくそんな風に見えず非常に若々しい印象です。そんなスコット氏が社会に出て50年間歩んできた波乱万丈の人生を中心に、三部構成のインタビュー形式の講演会の始まりです。どんな面白いお話が聞けるのでしょうか。

大学卒業後は元祖フリーター生活、そしてスコット氏のダンディーさの秘密とは?

スコット氏は大学卒業後10年間でいろいろな仕事をし、今で言うところの元祖フリーターのような生活をしていました。当時はネットもなく、新聞の就職欄にいろいろな仕事の求人があり、ワクワクしながら多岐に渡る仕事に挑戦して、おそらく18回は仕事を変えました。しかし単なるアルバイトでなく正社員としての仕事で、商品相場のセールス、アパレル、貿易小物、運転手、配管、製缶、土木、建築、店頭販売、内装、事務用品などなど、転居も12回しながら興味という目的だけで仕事を変えていました。

ひとつの仕事が大体わかってくると次の仕事を探し、そのうち自分の将来に向かって続けるべき仕事が見つかるかもしれないといろいろな仕事の可能性を模索していました。この頃からスコット氏の絶え間ない好奇心は培われていたようです。

そんなスコット氏の最初の仕事は、神戸外国倶楽部でのバーテンダーの仕事でした。神戸外国倶楽部とは、1869年(明治2年)設立の外交官たちの社交クラブという歴史あるクラブです。しかし来る日も来る日もバーテンとして仕事はさせてもらえず、ひたすら氷割りとビール運びの下っ端仕事をする毎日でした。しかしそんな下っ端仕事の中でも、外交官の立ち居振る舞いや付き合い方などを学び、一般人では経験できないような違う世界を垣間見ることができる貴重な体験をしました。

ある日神戸外国倶楽部の大広間でパーティーが開催されたときのこと、スコット氏は衝撃的なある出来事に遭遇しました。その部屋は重厚な雰囲気で、床が油でピカピカに磨き上げられていました。その場所でとてもかっこいい紳士のイギリス総領事がしゃがみこんで子供と話をしていました。ところが子供が領事の体を押してしまい、彼は黒光りする床にしりもちをついてしまいました。そして高級なスーツのおしりには油がベットリと付いてしまったので、すぐに立ち上がり、それを拭き取るものかと思っていました。

ところがスコット氏の予想に反して、領事はそのままその子供と床の上で遊び始めたのです。スコット氏はこの領事の何があっても動揺しない度量の深さと、紳士的な振る舞いにとても感動し、騎士やSirという名の付く人々に深い興味を持ち、スコットランドの詩人、小説家であるサー・ウォルター・スコットの中世時代の騎士の振る舞いやその哲学が書いてある詩や小説を読んで、自分もこうありたいと憧れるようになりました。どうりで現在のスコット氏がとてもダンディーな雰囲気を醸し出しているわけですね。

ちなみにスコット氏の日本名は「ケンジ」なのですが、神戸外国倶楽部での出来事から20年後に渡米する際、尊敬する友人からたまたま「スコット」という名前を付けてもらい、それ以来「スコット」を通名として使い、様々な公的書類にも「Scott Tsumura」と表記するようになったそうです。何か名前も運命的だったのですね。

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ゲーム業界に入ったキッカケは、裏社会?!

時が経ってスコット氏がペンキ屋で働いていたころのことです。以前建設業の職人派遣の会社を一緒に作っていた友人から1976年頃のある日こんな電話がありました。

「けんちゃん、おもしろい仕事があるよ!裏社会にもある程度関係してくる仕事だけどね!」

裏社会関係の仕事と言えば、借金取立てや総会屋など真っ黒なイメージしかないのですが、一体スコット氏の友人はどんな仕事を持ってきたのでしょうか?

友人が持ってきた裏社会関係の仕事とは、電気回路や確率などの専門家を雇い、ドイツ製のメダル式ゲーム機ロタミントに似たような機械を自分たちで作り、それをそういう連中に売ることでした。

巷ではロタミントというメダル式ゲーム機を輸入して100円玉で遊べるように改造し、当たれば100円玉が払い出されるような機械が出回っていました。そしてそれを喫茶店などに貸し出して、利益を喫茶店と折半する商売が存在しました。改造ロタミントは、驚くことになんと当時で一台一か月150万円という驚異的な売り上げを叩き出すスーパー賭博機だったのです。そのような機械のレンタル業を営んでいた人たちの多くが荒稼ぎをもくろむ裏社会の人々だったということです。そんなゲーム機(改造前の機械そのものは模擬コイン(メダル)を使う合法ゲーム機)を開発して売るのはなかなかスリリングな仕事だったそうです。

そんな魔法の賭博機、改造ロタミントとはパチンコのような箱型をしていて、並んだ数字を当てるというシンプルなものでした。こんな感じで、的が並んだルーレット風、あるいは検眼機のようにも見えます。ロタミントビジネスは順調でしたが、1年後に風営法が改正されてからは現金IN現金OUTは違法で賭博ができなくなり、このビジネスも終焉を迎えてしまうのです。

風営法改正後、ロタミント系ゲーム機は規制の流れを受けて消えていき、その代わりに健全なアーケードゲーム機が登場して同じ場所に置かれるようになりました。そしてこの頃から町にアーケード場が設置されるようにもなったのです。これにビジネスチャンスを見出し、スコット氏はアーケードゲーム業界に足を踏み入れることになります。

ここでちょっと昭和の話になりますが、1976~1977年にATARIのブロックくずし、1978年には喫茶店のテーブルでインベーダーゲームが登場しました。ロタミントからアーケードのテレビゲーム、テレビゲームから任天堂の家庭用ゲーム、そして家庭用ゲームから現在の携帯型ゲーム機やスマートフォーンとゲームの形は様々に進化してきたのです。

その後スコット氏は、カプコンの辻本氏が最初に立ち上げたIPM(その後アイレムに改名)という会社で海外部とゲームソフト開発部を立ち上げ、ムーンパトロール、10ヤードファイト、ジッピーレース、スパルタンXなどを作り、やがて移植したスペランカーやロードランナーなど名作を残すことになったスコット氏ですが、当時はアーケードゲーム業界立ち上げ時の尾を引いて、たびたび裏社会の人たちとゲーム機設置の場所取りでぶつかり合うこともあったそうです。

1983年にはファミコン登場。ドンキーコングなど、任天堂もアーケードゲームを作っていましたが、任天堂の山内氏はアーケードゲームを止めて、家庭用ゲームにいこうと方針を決定。結果、ドンキーコングやマリオブラザーズなどでゲームを家庭に持ち込むことに成功しました。

その後1987年にPCエンジン(NECの画期的CG機能を持つ家庭用ゲーム16ビット機)が発売されました。既にファミコンで家庭用ゲームのマーケットはできていたし、この高性能ゲーム機を見て、業務用のアーケードTVゲームではなく家庭用ゲームの時代が必ずくると確信したそうです。

その頃スコット氏はR-Typeの開発から外れて、新規事業やライセンスの仕事をしていたのですが、NECとハドソンからアーケードで大ヒットしたR-TypeをPCエンジンに載せたいと要望が来たので、是非家庭用のPCエンジンにR-Typeを移植したいと会社に提案しましたが、動作もグラフィックも同等のものが家庭用になれば、アーケード業界はつぶれてしまうと猛反対されました。

世の中が変わると信じて何とか会社を説得し「どうせやるならアーケードと同じクオリティの家庭用ができるんだったらいいよ。」と言われて、ハドソンと共に必死に移植開発し、その結果ほぼ完璧な家庭用ゲーム機版R-Typeができました。これがスコット氏にとっての日本での最後の仕事でした。

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渡米後にずっとアメリカに残る決心をしたスコット氏

スペランカーやロードランナーのライセンスの縁で親しくなった米国のブローダーバンド社から日本のPCゲームをIBMやアップルに移植して自社の販売網で欧米向けに売りたいと要請があり、スコット氏は日本の企業を一社づつ訪問して出資を募り、晴れてサンフランシスコにブローダーバンドと日本企業13社のジョイントベンチャーの立ち上げに関わりました。そしてその設立と社長として会社運営のため、日本からアメリカに移りました。新会社の目的は、参加した13社からソフトを仕入れ、アメリカで移植してブロードバンド社から発売することでした。

当初スコット氏のアメリカ滞在は1年くらいの予定でしたが、そんなスコット氏がアメリカでもうちょっとやりたいと思ったキッカケはテトリスです。テトリスは1984年にソビエト連邦でアレクシー・パジトノフにより開発された誰もが知る有名なゲームで、日本では1988年にセガがテトリスをアーケードで出して大ヒッしました。そして1988年にはBPSからPCとファミコン版が発売されました。

1989年に任天堂ゲームボーイが出ると、BPS日本のヘンク・ロジャース氏にBPSがファミコンで開発、発売したテトリスをゲームボーイで売りたいと任天堂から提案があり、テトリスの版権のことでヘンク氏が崩壊前のソ連に飛び、アレクシーを探し出します。しかし当時ソ連は共産主義国家なので、誰かが何かを発明したとしても、権利は個人のものにはなりません。当然ながらテトリスの大元の権利を所持していたのは、アレクシーでなくソ連の国務機関アカデミーソフトです。そして、アカデミーソフトからの委託でライセンス業務を担当していたのが、同じくソ連の海外貿易協会ELORG(エローグ)という組織です。

ヘンク氏は、当時エローグからテトリスのライセンスを受けていたとするアンドロメダソフト、ミラーソフト、アタリ、テンゲンがIBMのPCライセンス契約はしたが、PC以外の契約はしていないとエローグから情報を得ました。そこですかさず任天堂アメリカの荒川社長、ハワードリンカーン氏をモスクワに呼び、携帯用を含む家庭用テトリスの世界独占開発販売権の契約をエローグと結ぶことができました。この独占契約のため、セガは任天堂にメガドライブ(16ビット機)のビジネスチャンスを潰されて、それ以降セガファンと任天堂ファンに分かれて対立することになります。

その頃ヘンク・ロジャース氏と共にBullet-Proof Software(BPS USA)社をシアトルに立ち上げたスコット氏によると、このソ連でのライセンス契約時には様々な苦労があったそうです。1991年ソ連崩壊、共産党解体後のロシア経済はどん底で、スコット氏がアレクシー氏とともに他のテトリス開発関係者に会いに行く際には、マシンガンを持った護衛を雇うほどでした。モスクワ駅には浮浪者がたくさんたむろしていて、スコット氏はスーツケースごと追いはぎに遭いそうになったり、セントピータースバーグへの寝台車に乗ったときには部屋の鍵をピッキングされないように、鍵を固定する木製のサイコロのようなものを車掌からもらったりしました。さらに関係者の一人である大学教授に会いに行ったときには夜になって、建物の中の電気がなく真っ暗で中がまったく見えないので手探りで教授の部屋までたどり着き、部屋を開けると、ろうそくの火で明かりを灯していたというくらい混乱した時代でした。

裏社会にかかわる商売からアーケード、そして家庭用ゲームへと変化していき、その後テトリスとの出会いとゲーム業界の始まりからすべてを経験してきたスコット氏。レポートには書ききれないほど貴重な経験をされてきたのですね。アメリカへ移住以来勤め先を11社変え、転居も6回したそうです。今度また講演の機会があればそんな話も聞きたいものです。

スペランカーについて

スコット氏がスペランカーに興味を持った理由は、地底探検というテーマがおもしろかったからだそうです。

会場からは、

「どうしてロープがちょっとずれると死ぬのか?」

「どうして階段を一段踏み外しただけで死ぬのか?」

というその理不尽な死に方に納得のいかない参加者から質問の嵐が。そんな質問への答えは、「わざとスペランカーをファミコンに移植するときに難しくした。」でした。ではなぜ難しくしたのか?その理由は、家庭用ゲームとアーケードゲームとの比較に起因しています。

「家庭用は買ってしまえばゲームは自分の物になり何時間でもプレイできるけど、アーケードは時間制限やライブ数があり、ゲームオーバーになればコインを追加投入しなければならないので、プレイを続行できるシステムが全く違うのです。そしてアーケードゲームは100円入れてから1~2分でゲームのおもしろさや、またチャレンジしたいという気持ちをプレイヤーに持たせないと商売にならないゲーム作りの厳しさがあります。当時の家庭用ゲームはリプレイしたくなる仕掛けが生ぬるく、これからもっとやりたい、挑戦したいという気持ちが湧かなくなるものが多かったのです。」

「スコット氏のゲームは比較的難しい」というコメントが参加者からありましたが、それに対してスコット氏のゲームプロデューサー哲学は、

「ゲームはプレイヤーが学習して、クリアして達成感を得るのが目的です。最初はすぐゲームオーバーになりますが、何度もプレイする内にクリア出来る方法を会得し、その上自分なりの遊び方を創り出すこともできるのです。」

スコット氏自身は、プレイヤーとしてスペランカーは難しすぎるし、自分はプレイするのが下手だし頑張り屋じゃないから好きではないそうです。でも将棋のように外野でプレイヤーがどういう遊び方をしているかとか、プレイヤーの心情に興味があり、スペランカーを誰かがプレイしているのを見るのは大好きなのだそうです。

趣味の写真とスコット流撮影テクニック

さて第三部はスコット氏の趣味の写真の話です。スクリーンにスコット氏が撮影した写真が何枚か映し出され、一枚一枚の写真のエピソードについてお話していただきました。町で自分が気になる人、しぐさ、風景、光、影など被写体からシグナルが入ってきたようなものを撮影しているそうです。

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日本にいるときはライフル射撃をされていて、標的(被写体)があり、銃を構える(カメラを構える)、そしてトリガーを引いて撃つ(シャッターボタンを押して撮る)という点で、ライフルとカメラは似ていると二つの共通点を解説されていました。

ヨドバシカメラのサイトではTheWind from Seattleという写真エッセイを連載されていて、スコット氏の写真は下のリンクからご覧いただけます。どの写真もポストカードやポスターになってもおかしくない、芸術的ですばらしい作品ばかりです。さらにスコット氏はブログも開設されています。

ネットでは公開できませんが、講演会ではスコット流ストリートスナップ撮影オリジナルテクニックも公開され、その大胆な撮影手法に会場は大爆笑でした!

交流会&スペランカーデモ

講演会の後は恒例の交流会とスペランカーデモです。

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別室では実際にスペランカーがプレイできるスペランカーデモがあり、リポーターも挑戦してみました。

昭和の探検家と言えば川口浩ですが、スペランカーも負けていませんよ!しょっぱなに出てくる岩をどうやって突破するのかわからず地底をウロウロしていると、紫色のお化けが出てきて逃げ場もなく即死。さらに風雲たけし城ばりの大岩が容赦なく襲ってきたり、微調整を誤っただけでも理不尽(?)に即死して、噂どおりイライラMAX。マリオのような調子でプレイすると大間違いです。でもなぜかそのイライラが「絶対突破してやる!」という使命感に変わってくる不思議なゲームです。

ちなみにスペランカーをプレイしたことのない方はこちらの動画をどうぞ。思わず嫁さんプレイヤーのとまどいの声と、動画を見ている自分の声がハモりそうです。

【嫁の挑戦2】今度はスペランカーを嫁にやらせてみた【声入り】

[youtube http://www.youtube.com/watch?v=6Sf_6Kf7dBM&w=420&h=315]

今回のスコット氏の講演会は大盛況でした。見た目はダンディーなスコット氏でしたが、講演中はおもしろい話をたくさんされるのでどんどん引きこまれ、会場は常に笑いに包まれていました。スコット氏の様々な仕事経験、絶え間ない好奇心、決断力、行動力、そしてバイタリティと、私たちの世代にとって学ぶことが多く、インスピレーションの種をたくさんいただきました。

さて5月の講演会は、シアトルで起業した眼科医窪田良氏の講演会と交流会です。5月16日(金)開催で、現在チケット好評売出し中です。お時間のある方は是非お越しください~!

http://www.eventbrite.com/e/seattle-it-japanese-professionals-tickets-9982757697